アクティブライフを応援するベストライフオンライン
TOP趣味>世界の街角から〜イギリス便り〜>

会員登録

今週の特集
特集

メインコンテンツ
健康
映画
趣味
OBペンクラブ

お薦めコンテンツ
ドクター日野原オンライン
ドクター日野原オンライン
私のベストライフインタビュー
私のベストライフインタビュー
丹波哲郎幸せのメッセージ
丹波哲朗幸せのメッセージ
温泉倶楽部
プロのお蔵だしレシピ

ご応募
川柳・今月のお題


 初夏の陽射しの中、軽装で行き交う人々の間を、テームズ河から吹き上げる爽やかな風が通りすぎていく。
キングストンは、今朝もいつもと変わらぬ賑わいだ。
その雑踏の中に、犬のモンモランシーを従えた作者ジェロームと友人ハリスが、大きな荷物を背負って船着場へと向う姿が、100年以上の時を越えて、ふと見えるような気がする。

 6月の明るい朝、キングストンを出発したボートは、その日の午後、ウエイブリッジのロック(水門)で、シティから駆けつけたジョージを乗せて、テームズ河を遡(さかのぼ)り、オックスフォードをめざす。
 1日目はステインズ近くで夜を明かし、2日目はマーローの「クラウン・ホテル」に泊まる。
3日目はシップレイク近くの島で、そしてストリートリーに2日滞在した後、カラムの支流で一夜を過ごす。
オックスフォードでの、滞在3日目から雨になる。
帰路、数日間雨にたたられ、やむなくパンボーンでボートを下りて、ロンドンに汽車で戻るという12日間の船旅だ。(地図・参照)

 ジェローム・K・ジェロームの書いた『Three Men in a Boat・ボートの3人男』は、イギリス文学における、代表的なユーモア小説である。
もともとは、テームズ河沿いに点在する、歴史的な村々を紹介する観光案内書として書かれたこの本は、満ち溢れる作者のユーモアと、ボートの旅の楽しさとが相俟って、イギリスで最も有名なユーモア小説のひとつとなった。
心の平安を求めて船旅に出た3人の紳士達と1匹の犬(彼等は実在していた)が引き起こす、楽しい出来事に引き込まれて、私は息もつかずに読み終えてしまった。

 ジェローム・K(クラプカ)・ジェロームは、1859年に生まれ、1927年にこの世を去った。
若い頃相次いで両親を失い、14歳で自立し、事務員、教師、喜劇役者などを経て、新聞記者や雑誌の編集者などをしていた。
『ボートの3人男』は1889年に書かれたものだ。
 作者は、乗馬や自転車、自動車、ボートなど、乗り物が好きな人だったようだ。
小説には「陸の上ではこの上なく優しい気立ての人でも、ボートに乗ると血に飢えたように荒々しくなるものだ」などという1節がある。今でも、車の運転席に座ると人が変わると言われるが、乗り物には一種の魔力があるのかもしれない。

 私達もまた、115年前にジェローム達が親しんだ、テームズ沿いの村々へ出かけて見ようと思う。

 ヘンリーのインフォメーションで、ジェロームが『ボートの3人男』の何章かを書いたというパブ、「ザ・トゥー・ブルーアーズ」を聞く。
しかしパブは半年ほど前に閉店したという事だった。
新しいレストランやパブがたくさんできて、経済的に追い込まれてしまったと、インフォメーションの女性は言っていた。
せめて名残りでもあればと訪ねた建物は、街はずれの橋のたもとに、侘しげな姿でぽつりと建っていた。
窓には板が打ちつけられ、看板も外され、猛スピードで走りぬける車の排気ガスにまみれて、いかにも息苦しそうだった。

 その後ビシャムの僧院をめざす。
「秘密の部屋や幽霊の伝説に彩られた」と記された僧院もまた、現在はナショナル・スポーツ・センターとなっていた。
各部屋はサッカー、ホッケー、テニス協会のトレーニング場に使われており、隣接する建物は、車の教習場や船の訓練所になっている。
 900年近い歴史を持つ僧院の入り口は、美しいアーチで飾られ、14世紀初頭に作られたという分厚い木の扉が残っている。
建物に入って右手の大ホールは、現在は食堂として使われている。
その先には入り組んだ廊下や小部屋が続き、そこにはスチール製の机やイスが雑然と置かれ、机の上には出席簿なのか、1冊のノートが置いてあったりする。
 見上げれば、人の手の届かない高い壁に、名も知らぬ貴婦人達の肖像画が並んでいる。
美しく着飾った彼女達の微笑がひどく場違いに見える。
天井の装飾や巨大な暖炉と共に、それらは時の流れに身を任せる事もできずに、憂愁の色を漂わせながらじっと息を潜めているかのようだ。

 僧院近く、12世紀より続くビシャムの教会がある。
静かな庭はテームズ河の流れに面している。
時折ボートが行きすぎると、石を積み上げた低い岸壁に波が打ち寄せて、ピチャピチャと水音を立てる。
対岸を散歩する人々が、テームズに流れ込む川に掛った木橋を渡りながら、こちらを眺めている。
河は静かだ。鳥が鳴いている。
眠気を催すような気だるいほどに平和な水辺だ。
『イスラムの反乱』を書いた、早熟で孤独なシェリーが、小さなボートに身を任せて漂っている情景が目に浮かぶ。

 ソニングは小さな美しい村だ。
小説には「ちょうど今頃、6月の上旬には、家々はすべて薔薇の花に埋もれている」とある。
「昔の田舎の宿屋を絵に描いたようだ」と書かれた「ザ・ブル・イン」のパブで、私達は、窓際の木のイスに腰を掛けてコーヒーを飲んだ。
ホテルのパンフレットには、ジェロームの小説の1節が記されている。建物は古く傾いており、趣のある田舎家だ。

 パンボーンを過ぎ、ストリートリーへ。
ストリートリーから歩いて大きな堰のあるテームズ川を越えると、そこはゴーリングだ。
ジェロームは、「両方良い村だが、ストリートリーの方がさらに良い」と書いている。
橋へと続く道にかつての馬車の停留場、コーチハウスがある。
今で言えば駅ビルで、ホテルを兼ねていたのだろう。屋根の低い古い建物だ。

 私達は、ジェローム一行が昼食をとったという「ザ・ブル・ホテル」へと向った。
ホテルで働く若い女の子はとても陽気で、鼻歌交じりに踊りながらパブの中を歩き回っている。
昼食には少し早かったので、他に客はいなかった。
夫が、ウォーリングフォードへの道を尋ねると、彼女は、「私はゴーリングの出身で、ウォーリングフォードまでは行った事がないの。その先は知らないのよ」などと言う。
まるで、交通手段の少ない100年も前の人のような科白(せりふ)だ。

 地図を見てクリフトン・ハムデンの「バーリイ・モウ・ホテル」をめざす。
それは小説に書かれたままの、藁葺き屋根の古いホテルで、天井は低く窓は小さい。
陽光が煌く庭で、幸福そうに笑いさざめきながら食事をする人々・・・そのテーブルの上に、テームズから川風が吹くたびに、垣根に絡んだ蔓バラの、小さなピンクの花びらが、舞いあがり、降りかかる。

テームズ沿いに点在するジェロームが愛した村々のひとつユーエルムに、ジェロームの墓がある。
テームズ河畔からユーエルムに向って野原の道へと曲がると、思いがけなく真っ赤なアマポーラの群れが、道端から丘にかけて一面に咲いているのに出会った。
ユーエルムは、チョーサーの妹やヘンリーVIIIにもゆかりの古い村で、その郊外にはジェロームの住んだ家もある。
村の教会、セント・メアリーズ・チャーチの奥の庭に、ジェーローム・K・ジェロームと妻の墓が、息苦しいほどの夏草の中に佇んでいた。

 人生は「旅」だろうか。私達は皆、人生の河にボートを浮かべて、漕ぎ渡って行くのだろうか。
小説の中に、「人が生活の河を旅する時にも、何と多くの人が旅を楽しもうとするあまり、無用のガラクタをボートに積み込み、自らの身を危険に晒(さら)している事だろう」とある。
この小説が書かれた19世紀末、イギリスはすでに、物質文明の退廃期を迎えていたのだと思わせるような1節だ。
 私も、一時の快楽のための贅沢品や、体裁や見栄のための無用物を捨てて、本当に大切な物だけをボートに積んで、軽やかに水の上を進んで行きたいものだ。



*写真1は、ソニング「ザ・ブル・イン」の『ボートの3人男』の1節が書かれたパンフレット。
*写真2は、ゴーリング河畔。
*写真3は、ストリートリー「ザ・ブル・ホテル」
*写真4は、クリフトン・ハムデン「バーリィ・モウ・ホテル」
*写真5は、ジェーローム・K・ジェロームの墓


2003.06.26掲載
過去のイギリス便り

[TOP] [趣味] [映画] [健康] [OBペンクラブ]


ショッピング
ロッテ
ベストライフ
提携企業

プレゼント
今月のプレゼント

ロッテコーナー
人気のチョコ・ガムなど

ベストアイテム